シャーガー誘拐事件

1983年2月8日夜半…


英ダービー馬シャーガーを繋養する牧場に銃を持った男6人が侵入してきた。牧夫長をピストルで脅し、シャーガーの馬房へと案内させた。男らはシャーガーを周到に用意していた馬運車に乗せて連れさってしまった。これが世にいうシャーガー誘拐事件である。


翌日、犯人グループから200万アイルランドポンド(当時約7億超)を要求する電話があり、これが身代金目当ての強奪事件であることが明らかになった。シャーガー陣営はオーナーをはじめとしてシンジゲートを組む全員がこの支払いを拒否し、犯人からの連絡は途絶えた。


シャーガーには残された1年目の産駒がいた。その中からアウザールがアイルランドセントレジャーを勝っている。その血はアウザールにたくされることになった。だが、アウザールは日本へ輸入されるが、日本の肌に合わずその血はほぼ途絶えた。



シャーガーに関しては様々な憶測が並べられ、エイプリルフールには2chにうざいほどシャーガーみつかったスレが立つ。犯人はIRAという説もあるがそれも生死も定かではない。高額シンジゲートからくる種牡馬の悲しい事件。オーナー側が早々に身代金を払わないことを決めるというのは犯人にとっても誤算だったのだろう。ここで払ってしまうと悪しき習慣は繰り返される。それが幸いか、このような事件は起きていない。